軽くて重い
僕は言霊信仰を信仰している。
発した言葉には力が宿り現実となると言う夢の様な考え方だ。
「口に出しただけで夢が実現される」そんな簡単に叶うなら誰でも好き勝手に言葉を発するだろう。
だが現実問題、言葉を発しただけでは何も叶わない。ただの夢戯言となってしまう。
それは発した人間がその言葉を軽く考えているからだ。
発する言葉は重く捉えないといけない。
言葉を重く捉えると、その言葉を意識して行動する様になる。
意識した上で行動する事が積み重なり現実味を帯び実現する。
自分の中での言霊信仰の解釈である。
だから僕は言葉を選び、考え、放つ。
自分が発した言葉に責任を持つ。
消えて忘れ去れてしまう様な口約束でも重く受け止める。
自分の中での決めた約束を守れなければ、他人との約束を守る事なんて出来はしない。
言葉は全て自己責任なのである。
僕が口数が少ないと思われるのは上記の考え故なのかもしれない。
決してつまらないから話さないのではない、相手を知らないからこそ相手の発する言葉で探り考えてしまうから黙り込む時間が長い。
一般的に考えたら非社会的思考である。
でもこうしないといけない。
迂闊に軽い言葉を世に出してはいけい、他人が評価する世界だからこそ、少しでも誠実な姿を晒し続けないとならない。
相手が忘れようとも自分は意識する。
それが他人の為、自分の為なのである。
この考えを文字起こしたのもある種の言霊として世界に残して自分の信仰を貫く為、宗教倫理を通す為。